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2007年7月13日 (金)

東京

 昨日は東京出張。朝早く出発し、夜遅くまで仕事であった。日中は地下2階から地上4階までの巨大な吹き抜け空間で仕事。1日中そこで作業していると外の陽気は全くわからない。デスクワークではないのに汗をかくこともなく実に居心地よい。昼食時、外にでると湿度が高くてムッとする、ようやく戸外の空気を実感した。

 仕事を終えた首都高からの帰り道、深夜にもかかわらずどのビルも、街も煌々と灯りが灯っている、部屋に人がいる様子のないオフィスもたくさんある。遠くの道路やネオンも明々と点る、見渡す限りである。郊外に向かうと今度はマンションなど高層住宅が密集している、どこの建物も共用廊下には電灯が全て点いてきれいだ、新しい建物ほど数も多く明るい。確かに高級感のある演出だ、しかし果たしてこれほど全部点灯する必要があるのだろうか?各階2~3個もあれば充分ではないか。群馬が近くなってようやく田舎の暗さが少し戻ってきた。そしてトンネルを越えるとそこは紛れもなく見慣れた闇の世界であった。

 東京のあの深夜の異常な明るさはいったい何なんだ。あの大きなビル全体の空調は何なんだ。知的生産こそできる場ではあるが、膨大なエネルギーを浪費している。お金も頭脳も食料もすべてが集中する都会。しかし、あそこはココロを癒す本当の自然もなく、人を支える食料やエネルギー、何一つ生産できない歪な場所である。あの灯りも住む人を支える食べ物も、全て世界中の田舎と呼ばれる場所に住む人々に頼りきっている。あそこに住む人たちを支えるため、地方は食料提供のみならず、送電線のジャングルと水のない川など甘受している。そして風景だけではなく自身の安全までも犠牲にして奉仕し続けている、それで儲かっているのは?・・・。そして彼の地では無駄と思えるほど消費している。本当に安全であるならば原発は都心あるはずだ。辺鄙なところに作っているのは安全でない裏返し。少数を無視しお金で黙らせ無理やり押し付ける。地方は原発も送電線も必要としてはいない。

 たった一晩、ほんの数時間灯りを消すなんて行事は滑稽だ。もし地震でも起きたらひとたまりもない危うい首都、そんなところでのうのうと地方に頼って生活している人々。夜はもともと暗いのだ。浪費を止めさせよう!地方は黙っていてはいけない!ふるさと納税の議論がある、交換条件がなければ名案ではないか。食物もエネルギーも都会に送るものには生産地独自の税金を取ればいい。浪費の犠牲になってはいけない! 今日はいささか過激でしたm(__)m

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