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2008年6月25日 (水)

花は作品の一部?・・・に思うこと

 「ヒガンバナ復活」の記事にトラックバックがあった。花は作品の一部か・・・に思うこと。

 美術館という名の箱に収められた作品は、その箱が変わっても作品そのものの持つ意味はそう大きく変わることは無い。だが大地の芸術祭の作品の多くは、この妻有の里山という環境の中にあってこそ作品は主張し、そこにあることによって意味があると考える。例えばカバコフの「棚田」然り、菊池歩の「こころの花」然り。この2つの例はもともとそこにあった環境に合わせ作られたもの。そこが耕作放棄地であったり、伐採された場所であったとしたら多分そこには無かったと思うし、もしそういった場所に創るという制約があったとしたら、その構想すら全く変わり作品自体が別のものになっていただろう。その環境にあってこその構想、それが前述の2つの例では自然のブナ林や棚田であると考える。

 次にヒガンバナについて・・・「花は作品の一部だろうか?」であるが、同じような例として、松代地区の土屋公雄「創作の庭」がある。交差点の脇に作られたポケットパークに棚田を模したと思われる「石積みの花壇」という作品である、これも花が作品の一部であるかそれとも作品は石垣だけなのか・・・他にもこんな例はある。こういった作品は、周囲の花や植え込みは作品と一体であり切り離して考えることは出来ないのではないか。花が無くなったとしたら程度の差こそあれ作品の意味は変化する。

 ヒガンバナという作品を計画(創造)するにあたり、作家が描いた構想図には「金属の花」の廻りは芝のマウンドにしようかそれとも花壇にしようかいろいろな案があり、そのスケッチを見せてもらったことがあった。しかし、それは決して「ステンレスの花」だけが佇立している作品ではなかった。金属の花と生きた緑が一体となって1つの作品となっていたのである。「創作の庭」も花壇の花がなくコンクリートやタイルとなっていたであろうか、いや作家は多分花や緑と一体の構想を考えていただろう。もしその花が人手や予算の関係で無くなったとしたら作家の考えていたものとは違うものになってしまう。花のない雑草だらけの「創作の庭」になったとしたら「これって耕作放棄田を意味してるのか・・・」なんて皮肉が聞こえてきそうだ。 

であるがゆえ、住民であれ他所からのボランティアであれ、みんなが棚田を維持したり花を植えたりして作品の持つ意味を継続しようと努力しているのである。意味や主張を失った作品は、里山に残された単なる粗大ゴミになってしまうだろう。

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 まだ花が無いヒガンバナ

ヒガンバナは直ったが、雑草に覆われ花壇の縁の枕木は崩れかけている。さあ植え替えだ。

   

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 満開の花に囲まれたヒガンバナ

 やっぱり花があってこそ作品も引き立つと思うのだが、果たしてどっちが作品としての主張を感じさせてくれるだろうか??、花は無くても作家が作った作品があるからこれでも作品??考え出したらキリが無く判らなくなってくる・・・街中の単なる小公園として維持していくだけなら他の資金の出所もあるだろう、しかし芸術祭が継続されていく限りこれは芸術祭の作品であり、花壇の花は作品の一部であり一体であると思っている。

 下条地区に伊藤嘉朗「小さな家-聞き忘れのないように」という作品がある。川岸の小山に掘られた穴の中から対岸のネムの木を眺めるという作品であった。だがそのネムの木は中越地震以後枯れてしまい今はない。以来その対岸は雑草に覆われ見るべき対象物がなくなってしまった。今その穴の中に入った人はその構想を聞かなければ「なにこれ??」という反応がほとんどである。「意味を聞いてああそうか」ではだめだ。失ったものは復活させないと作品そのものが持つ意味を失ってしまう。作家自身からは「作品は風景と一体となり同化した、これはこれでいい」というようなことを聞いた、彼自身ネムの木は無くてもいいと考えているようだが、アートに関してはズブの素人にとってやはりあるべきものが無いと意味が理解できない。「○○だったんだよ」ではいけない、対岸に何かシンボル的な木が欲しいと思う人は私一人ではないだろう。

 日中の草いきれがまだ少し残る夏の夕方、穴の中から夕日に映える対岸の淡いピンクのネムの花をもう一度見たいものだ。「カナカナカナカナ・・・・」 気のせいかヒグラシの鳴き声が聞こえるような気がした(*^_^*)

大地の芸術祭においては、木も花も・・・妻有の環境そのものが作品の一部だと考えるのは飛躍しすぎだろうか? 芸術についてド素人がずいぶん偉そうなことを書いてしまった・・・"^_^"

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