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2009年2月16日 (月)

地域の連帯感と雪まつり

 十日町の雪まつりは他所の雪まつりと違い、雪像が1箇所に集中していないため、観光客からは不親切で見づらいと言われる。何とかしようという声は以前から耳にしている。確かにクルマがなければ全部を見て回れないほど、雪像は広範囲に点在している。地理に明るい地元住民でさえ全てを見るのは困難なほどだから、遠来の観光客に不評なことは明らかだ。

 しかし、このまつりが「観光のためのまつり」に変化してきたのは、名が知れ渡り有名になってからのこと。もともと暗い冬を乗り切るため「雪国の人たちが明るく楽しめる住民のための冬の行事を作ろう」というと発想から始まったことで観光客相手の行事とは性格が違っていた。そして当初から雪像の出来映えを競い、順位を争うという事でそれぞれの地域た団体が団結、大げさに言えば「それぞれの参加地域や団体の威信や名誉をかけた競争」という面があった。

Photo  どこの参加団体も製作作業終了後は、「本部」などと称した現場近くの集会所や仮設テントで、「反省会」とか「打ち合わせ」と言われる酒盛りが必ず行われる。そこに集まるのは製作に参加する人たちのみならず、地域のご婦人方も手料理や温かいお汁などを持ち寄って、老若男女一緒に酒を酌み交わし親睦を深める。つまり雪まつりは製作そのものが「地域の祭り」という面が強い。極端に言えば製作期間そのものが祭りであり、審査を終わった後の本当の「雪まつり」は、もう地域としては祭りの後なのだ。そういった地域を盛り上げ連帯感を育む大事な行事だから、近年では製作経費が実費換算で1基数十万~百万円を超えるようになっても、7~8万円ほどのわずかな補助金以外は、町内会や町内住民からの寄付や援助、メンバーが勤めたり経営する会社などの資材を無償で提供していただくことができるからやれるのだ。

 もし観光客優先で雪像製作会場が地域から離れた場所になってしまったなら、町内・地区の祭りという感覚が薄れ、鍋や鉢に盛った手料理を持って下駄履き?で気軽に駆けつけ気軽に応援するという雰囲気にはなれない。作業が終わってその場ですぐに反省慰労会ができる環境があればこそ、地域と密着した祭りとなる。それがこのまつりの大事な要素なのだ。また、雪像の最終仕上げの段階までお互いライバルの作品がどんな作品になるのか何ができるのか秘密にしていて分からない、それぞれの製作団体が雪が融けにくいような日当たりを考え雪像の向きを選んだり、背景が暗い夜空とか壁で見栄えのする借景に拘ったり、予算規模や製作に対する取り組み、参加人数も違うからそれぞれが独自の取り組みをしても比較されることがないから変な競争心を持ったり卑屈になったりすることもない。競うのは純粋に雪像の出来映えだけである。そんな訳だから大きな会場に雪像を集中させることには抵抗がある。互いに近い場所であれば近隣町内でいくつかが集まって同じ場所で作ることはできないはずはないが、手鍋下げて歩いて行ける程度でないと難しい。観光客のための「ひと場所に集約された雪まつり」とするためにはどうしたらいいのだろう。

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