« 新潟県サイクリング大会in南魚沼 | トップページ | サンコウチョウ、合いたいyou »

2010年6月16日 (水)

鹿を追うもの、山を見ず

 ”鹿を追うもの、山を見ず”ということわざがある。「事に熱中しするあまり、他を顧みる余裕がなくなり周囲の状況がわからなくなる」という意味であるが、最近見たこんな光景からこのことわざを思い出した。

 雨模様の朝、出勤途上の道すがら廃金属回収ごみステーションであるじいさんを見かける。この日に限ったことでなく、暑い夏も真冬の吹雪の日でも年中いつもの事である。何をしているかといえば・・・ 出されたアルミ缶のプルタブを外して集めているのである。まぁこんなことはここに限らず何処でも時折見かける風景だ。ごみステーションに限らず集会などが終わった後にも、プルタブだけを集める人がいるということは珍しくない。だがその行為について考えてみると・・・ 

 誰もが「プルタブ回収=車椅子」ということを思い浮かべるだろう。この行為の起源については他のサイトでもよく取り上げられている。かいつまんで云えば、随分前のこと、「缶飲料の蓋がゴミとして散乱しているものを資源として集め、それを資金に車椅子に替えて贈ろう」というのが起源である。時代が変わり飲料用スチール缶の殆どがアルミ缶にとって代わり、プルトップがスティonタブに変わってもその奇習?は連綿と受け継がれ様々な団体のプルタブチャリティが続いている。しかし、その非効率な行為に疑問を抱き可笑しいと思うことは、まじめにクルマ椅子寄贈運動に取り組む人にとって不謹慎だろうか?。

 集めるひとは1個およそ15グラムの宝からわずか0.5グラム程のプルタブだけを選んで外し、より価値がある方を捨てるという行為が非効率なことを理解すべきだろう。そして、それほど手間をかけて集めたわずかなものをわざわざ送料をかけて遠くにまで送る。その送料でさえプルタブ売却の金額から差し引かれる(>_<) という現実に気づくべきだ。 プルタブを集めるよりアルミ缶をそっくり回収し、地域の回収業者で換金。こういうシステムができたらどんなにか良いだろう。 今集められているプルタブがそのまま缶として集まったならその価値は数十倍、車椅子は全て電動クルマ椅子にだってできそうなものを・・・でも、普通の車椅子ってそんなに足りていないんだろうか?? そして車椅子の価格自体が比較的単純な構造であり非課税でもありながら、なんであんなに高価なんだろう???ってまた別な疑問も沸いている。

 プルタブ運動自体、業界サイトからは「空き缶自体がアルミであり、プルタブも缶本体と何ら変わらない材質であり同価値である」と言うことをPRし、「缶からプルタブを外す際に怪我をする危険もあるの、わざわざ外さずに缶をそのまんまリサイクルする」という方法を推奨している。廃金属回収業者側からも「プルタブ運動に対しその方法を変えたい」ということをPRしている。 こうした常識的な事実があの爺さん達に伝わり、空き缶自体ををリサイクルし車椅子に替えるシステムが出来上がればいい。集める行為と精神は尊いものだしそれを否定するものではないが、無駄ともいえる非効率な作業は素直にうなずけない。

 最近では「ペットボトルの蓋をワクチンに・・・」、と云うエコキャップ運動も目にする機会が多い。集めるものがプルタブからペットボトルの蓋に、贈るものが車椅子からワクチンに変わっただけでその手法は全く同じ。プルタブと同様に協定運送会社を使って安い運賃で送ることができると言うが、送り主に荷送り専用のダンボール箱や回収ボックスを有償で斡旋したり、集めたキャップは無料では遅れないシステム。重量あたりの価格が安い廃プラをわざわざ手間をかけて集め、さらに経費をかけて遠方に送るときたら集める努力が虚しい。

 このボトルキャップ回収の運動を束ねるのが、内閣府認証のNPO法人でエコキャップ推進協議会なる団体。NPOだから活動の収益は全て社会貢献に廻る。そのHPによると・・・ 集めたキャップを送るためにダンボール箱を斡旋している。価格はおよそ160円、それに掛かる運賃が特別割引とはいえ420円、合わせて580円也が送る側の負担である。その段ボール箱に入るキャップの量がおよそ2400個、回収されたペットボトルのキャップは400個当たり10円で業者に渡るというから一箱で60円の程度の価値。たった60円のものを580円も負担させて送らせるという不可思議で非効率なことを強いるのが実態のようだ。協力者が膨大な労力で集めたわずかな金額でも積もり積もれば大金だが、そのNPOのそうそうたる役員や職員の報酬などはどうなっているのだろう?まさか・・・天下りの温床とは思いたくない!!誰かが何処かで儲けているなんてさらさら思わないが。しかしこの非効率な活動を不思議と思うわず集めて送る人がいるということこそ不思議だ。ダンボールがありあわせだと運賃は割引にならない。回収場所に持込みにしたらこの費用がかからないが、遠方まで届けるにはよほど大量でないと昨今のガソリン価格からいっても間尺に合わない。

 ゴミとなるモノを再資源化する行為自体を批難するものではないが、集めて再資源化するというならボトルもアルミ缶も全て回収しそれを換金寄付するほうが数十倍も効率がよく理屈に合うと思うがいかがなものか。誰が考え付いたものかキャップもプルタブ集めも寄付効率と言う一点について云えば同一レベルだ。効率一辺倒でモノを考えたくは無いが、ボトル飲料を2400本を消費する中のたったひとりが、1本100円程度の飲料水を我慢しそのお金をワクチン運動に送ることを推進した方が余程効率的である。きれいな水さえ飲めずワクチンさえ打てない貧困な子どものことを思いやるということを、飽食の豊かな国に生まれた人を考えさせる好機ととらえ、年にたった一度でも飲料を我慢し、浮いたそのお金を集めるシステムができないものだろうか?。

 真偽の程は判らないが、割り箸の袋を何かに換えるチャリティとか胡散臭いモノもある。使い古しのテレフォンカード・切手などこういった運動には枚挙にいとまが無いが、こうしたことは発信源が判らなくてもチャリティという冠からくる「やさしさや善行」などイメージが先走り口コミで広がってきた。しかし善行という美名の下で行われる行為が果たして「最善で妥当で効率的なことか?」を考えることは運動自体にケチを付け否定することに繋がるようでつい流されてしまいがち。「アルミ缶 プルタブ 車椅子」や「エコキャップ 効率」などというキーワードで検索すると様々なサイトでそのことについての疑問が語られている。

|

« 新潟県サイクリング大会in南魚沼 | トップページ | サンコウチョウ、合いたいyou »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/190701/47775168

この記事へのトラックバック一覧です: 鹿を追うもの、山を見ず:

« 新潟県サイクリング大会in南魚沼 | トップページ | サンコウチョウ、合いたいyou »