2011年4月 1日 (金)

ご当地ナンバー

Dsc01974  最近はご当地ナンバーと称し、地域によって様々な形やデザインをあしらったナンバープレートを発行する自治体が増えてきた。ご他聞に洩れず当地でも、今日から雪まつりイメージキャラクターの「ネージュ」をあしらったご当地ナンバーの交付が始まった。(ネージュとは、1994年の第45回雪まつりを記念し十日町市(旧松之山町)出身のファッションデザイナーの小野塚秋良氏がデザインした雪の妖精である) 今乗っているスクーターは恥ずかしいほど低年式だが、ガソリンも値上がりしていることだし、気温が上がるこれからは近距離の移動にますます出番が増える愛車。「出来ればこの際新車に!」って云いたいところだが、まだ乗れるものだから、古くてもここはひとつ気分を一新し可愛いネージュを描いた新しいナンバーに変えようかと、早速市役所でナンバー変更手続きを済ませ、ご当地ナンバーの交付を受けてきた。交付に関する手数料は無料では申し訳ない気もしているが、これからは出来るだけ乗り回し「出来る限り十日町のPRに勤めまぁす~~」ってことで・・・_(_^_)_

 で、その手続きは至極簡単、自賠責の保険証と印鑑と旧ナンバープレートを持参し、所定の用紙に住所氏名を書いて捺印するだけだから、ものの5分ばかりで終わってしまった。午前中に行ったにもかかわらず、もうかなりの人数が交付に訪れていたようで、番号はふた桁だった。普通なら1番が欲しくて朝イチで並ぶ人もいるのだろうが、1番のデザインって想像するに白い部分が多く何となく殺風景?でアッサリし過ぎ欲しくないって気がしていたから、少し遅れて行ってふた桁でちょうど良かった。窓口担当者が知り合いだったので、私的ラッキーナンバーの17とか24が欲しかったのだが・・・、我が侭は言えず素直に番号順のナンバーを頂いた。しかし、どちら様も新しいもんには目がないようですねぇ・・・(*^_^*) 

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2010年10月25日 (月)

防災訓練で思ったこと

 中越地震から6年、あの災害を契機に翌年には我が町内会も防災組織を立ち上げ、そこに防災委員として加わった。以来5年、毎年この時期になると避難訓練と共に防災用具の使用体験など実施してきたがようやくその任期を終える。だが更に5年間を防災用具を扱う技能職として勤めることになってしまった。今年は震災記念日の翌日の24日、新たに選任された防災委員と一緒に初めての市と合同で総合避難訓練を実施した。

 震災の記憶が生々しかった頃に比べ、5年目ともなるとどうしても訓練内容のマンネリと陳腐化が目に付く。震災から間もない頃は参加者も多かった。その内容といえば避難の訓練に始まり、その後は年によって炊き出し・消火・災害弱者救出・AED使用講習と様々なことを実施して参加数の確保に努めてきた。しかしもうそろそろネタ切れでやることを全てやり尽くした感も否めない。その参加者について見れば同じ顔ぶればかりで全く無関心な人が多いことも残念だ。訓練なのだから同じことを何度も何度も繰り返して身に付けることが大事なのだが、同じ顔ぶれで同じことをやっていては飽きられたってしょうがない。ここらで「何か目新しい事を!」と思っても素人集団が構成する防災組織では機材も知恵も限りがある。

 毎回の訓練に先立ち、防災委員が安否確認をするための家族情報を聞いて廻ることになっている。しかし、新委員のひとりから「家族構成や人数は個人情報だから聞くのが嫌だ、聞けない!」という発言があった。確かにそうした情報を他人に漏らすことを拒否される場合もあるだろう。だが大災害が起こった場合、そうした基本的情報の把握ができない世帯は安否の確認すら出来ない。万が一生き埋めになっていたとしても、そのことを誰も知らずにいてしまう懸念がある。また支援の配給物資の数に加えることさえ出来ないわけだから組織としては困った問題だ。多くの委員の見解としては最低限の情報さえ拒否された場合「防災組織の支援から除外するしかない」という意見もあったが、防災に携わる町内の委員からこう云う情報収集拒否発言が出たのは理解に苦しむ。だが実際問題として双方の意見を無視するわけにもいかず困った問題だ。こんな田舎でさえ人心が都市化して隣近所とのコミュニケーションが希薄になっているのだから、大都市では更に問題だろう。

 我が家では町内の防災組織立ち上げを期に、非常持ち出し袋を備え非難時に必要な様々な物を準備して非難訓練に持って行く。5年目の今年は非常持ち出し袋の中の食品が賞味期限切れとなり入れ替え時期となっていた。訓練が一通り終わった頃、その備蓄食品を開封し隣近所の人たちと試食を行ってみた。大きな資材を扱う訓練は大人の男に限られ、女こどもは訓練と云ってもただ非難に参加して見ているだけの立場だ。しかし、試食となれば誰でも参加できるとあって、たちまち興味深々の人だかりができた。缶詰2缶のパンとフリーズドライのお汁粉12切れ、ペットボトルの水が2本とひと家族分の非常食は20数人であっという間に無くなった。皆さんが一様に「5年も保存してあったものとは思えない」、「旨い!美味い!!」を連発し大好評!「これなら我が家でも備えて置きたい」「どこに売っていた?」と質問が相次いだ。更に備蓄用おしぼりタオルまで使っていただいた。ただ、こうした備蓄食料などは先の震災でも市街地の一部住民には役立ったが、ほとんどの世帯では食材も燃料も水も対応できていたことが多く食事に困ることは概ね困ったということがなかったように思える。田舎ではセルフレスキューということで考えても災害当初の1日分があればその後は都市部より柔軟に対応可能だろう。

 訓練が終わって帰宅の途中、お隣の町内会でも危難訓練は終わっていた・・・ところが何と訓練会場にゴザが敷かれ、秋晴れの下で宴会が始まっているではないか!。 防災組織が出来上がって防災用具も整い毎年訓練も積んでいても肝心の人の心が繋がっていなければ・・・ お隣の町内を見て思うに、訓練と同時に町内や隣近所の親睦やコミュニケーションを図ることが肝心と痛感した。こうしたことで培われた町内の和はいざという場合、訓練や物資に勝る力となるだろう。

 

 

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2010年6月11日 (金)

信濃川取水再開

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  昨日の午前10時、JR東日本の2箇所の信濃川発電所(十日町市・小千谷市)が1年3か月ぶりに宮中取水ダムから取水を再開し、2つの発電所の発電が再開された。今後5年間を試験放流期間とし、協定を結んだ範囲内で取水量を変えながら環境への影響を調査し将来の適正流量を検討する決めるという手法で行われる。水利権取り消し前は毎秒約317トンの取水量が許可されていた、しかしそれを超える不正取水があっての水利権を停止されたものだったが、取水再開によりとりあえずは毎秒150トンが本来の川を流れずにトンネルを通ってはるか下流の発電所に行ってしまう。取水再開前の自然流量が毎秒400tなのか300tなのか、実際の流量がどれほどか定かではないがその数値からマイナス150tという取水量、これが多いかの少ないか??実感できなかったが・・・。

 今朝早く、おはようサイクリングで信濃川に架かる十日町橋とその上流の姿橋を通ってみた。川は一昨日まで通りながら見ていた様子と明らかに違っていた。それまで川幅いっぱいに流れていた水だったが、どちらの橋でも見た目で川幅が3分の2程度細くなってた。上の画像は十日町橋の上流部だが川の中央部は中州の石が現れ、本流のところどころには白波が立ち、これまで見えなかった大きな石やコンクリートブロックが水面に顔を出している。水面に現れている部分は50~60センチはありそうだから、それが沈んで見えなかったということは水深にしてそれ以上浅くなったということだろう。この状態でも不正取水の時期より多いと喜んでいる場合ではない。本来自然に流れている流量に比べ水深は明らかに下がり、川幅も狭くなっているのだ。画像左から下の浅瀬はこれまで水が流れていたところだが、今よりわずかに水位が下がれば水は流れず、流れと隔絶した水溜りとなってしまうだろう。こうしたことが生態系に与える影響は推して知るべしである。

 クリーンなイメージの水力発電であるが、落差が取れないために、取った水を発電で使ったあとダム直下に放流する事が出来ないJR信濃川発電所。環境に与える影響と天秤にかけると水力発電は果して本当にクリーンエネルギーなのだろうか? たまに上京すると、都心の真夜中の明るさは田舎と比べ明らかに異様であり無駄と思えるほど明るい!。原発も水力発電も都会では何一つ自給出来ない。他所の環境犠牲で成り立っている人口密集地は、こうした「地方のおかげで生活が出来ている」ということに気づくべきである!!!!! 都心のJR東日本は信濃川の発電中止中に一度だって止まらなかった。水利権という特権で只で水を搾取しそれで利益を上げていた・・・これからは地域貢献をし地域と共生すると誓ったJR東日本だが、こんな事ではどうも納得がいかない。理想は全量川を流すことだが、そんなことは非現実的!。それなら、変動する取水量に応じ、発電量に見合った電気料金を地元に支払うなんてことを要求できないものだろうか。発電所は地元自治体にとっては何がしかの固定資産税収入はあろうが、あとは迷惑施設以外の何者でもない。電気料が取れないものだとしたなら、首都圏住民には環境に与える付加に対し税を課し、地方の財源にしたらいい。

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2010年2月15日 (月)

雪像作り新兵器?

町内会の雪像作りが11日の日中から本格的に始まりまった。 明日の夜からはいよいよnight夜間作業に突入。 ところで、完成イメージや現場の様子など画像をアップしなけりゃならないだが・・・ このところパソコンpcの具合が悪くとうとう入院、マザーボードが原因かそれともハードディスクが悪いのか? HDDならデータが心配。そんな訳でPCが退院するまでブログ更新もままならない。サブPCを立ち上げてみたが、肝心のデータがメインに保存してあるので困っているsweat01

 明日は究極の新兵器を作業開始までに仕上げて使ってみる予定だ。それは先日手に入れたプロジェクタ! 屋内で使うデリケートな機械を寒風吹きさらす屋外で使うのはいささか乱暴な気もするが、それもこれも最高の賞を狙うため。そのためにプロジェクタを風雪や寒さから守るケースを作った。大型の三脚の上にボードを固定し、ホームセンターの特売で売っていた透明なボックスを載せて固定。中にクッションで動かないようにプロジェクタを収める。熱気がこもらないように通気口を開けたり融けた雪が中に入らないよう開口部の上にはプラ段で作った小さい庇を取り付けたが、効果は実際やってみないと判らない。レンズや機器の結露も心配だ。毎年、雪像つくり以外にもいろいろ作るものがあって面白い。どんな風に使うか上手くいったら画像をアップしたい。詳しくは別ブログの雪像製作日誌で・・・

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2010年2月10日 (水)

雪まつり雪像製作日記はじめました

 間もなく第61回十日町雪まつり、我が町内の雪像作りも連続15年目。毎年その製作の模様をこのブログで書いてきましたが、今年から新たに雪まつり専用のブログ《snowスノーマンの雪像製作日記》を開設しました。

 まだ未完成ながらとりあえず公開ということで、左サイドバーの最上部にリンクを張っておきました。興味ある方はポチッとクリックしご覧ください。

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2010年2月 9日 (火)

JR信濃川水利権再申請

 2月9日の新潟日報朝刊総合面で、JRの信濃川水利権再申請の問題について「地域と共生模索」という見出しで記事があった。再取水に向けこれから交渉が本格化する訳だが、記事の内容については事実に沿って概ね公平な立場で書かれているので異論の余地は無い。だが・・・

 下の画像、左は同紙に掲載されていた「取水の仕組みのイメージ」である。この絵をみて何とも違和感を感じたのである。「おいおい、こりゃ違う。こうじゃないべぇ」と突っ込みを入れたくなった。最大とはいえ合わせて毎秒300トンを超える取水に対し維持流量の7トンの方が線が明らかに太いのだ <`ヘ´> この絵で見る限りは信濃川に相当量の水が流れているように思える・・・否そう思わせる描き方の裏に何かあるんだろうかと考えるのは思い込み?

 「水を抜かれた川を知る者にとって実感はこうなんだ。」という思いを込め、著作権無視を承知で手を加えた自分なりのイメージが右画像、地元紙にはこういう風に描いてもらいたかった。いささか荒っぽい描き方だが7:150:167をイメージした絵に描き直したが、実際7トンの線がこれでもまだ太すぎると思っている。

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  おそらく「仕組みをイメージした絵であり流量を表したものではない」という言い訳が聞こえるだろう、しかし、新潟で一番の地方紙としては、やはりもう少し配慮が欲しかった。数字より視覚のほうがはるかに印象が強く、頭に残り易いものだ、この問題に関心の薄いあるいは無い人が左の絵を見れば感覚的には「信濃川ってまだ相当量が流れている」って感じると思う。そう思わせたい何かが日報にあるというのは穿った見方だろうか? 

 昨年、信濃川をカヌーで下った野田知佑さんは、全水量が戻った川について書き尽くせない何かがあったのか、それともよほど気に入ったのか。当初BEPAL誌に3回連載の予定がこれで終わらずもう1話追加となったもようだ。未来永劫良い河川環境を残していくため、今後の推移を見守っていこう。今日は「もう騙されまい!」と思うひがみっぽい凡人の戯言でした (^^ゞ

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2010年1月29日 (金)

今年も始まった

 来月19日に開幕する第61回十日町雪まつりに向け、町内の雪像製作作業が始まった。今年は『拓く』と題し、一対のマッチョな仁王像が扉を開くという構図である。混沌として先が見えにくい今を力強く切り開こうと言うメッセージを込めた作品。雪像製作コンテストと言う性格からまだ詳しいイメージ図を公開できない。今年も今日以降、順次製作の進行過程を追いながらブログで公開していく。

Cimg0568_2  27日現在の製作現場積雪量はおよそ180センチ、昨年に比べ3倍以上あるが、これではまだまだ不足。180センチの雪は土台のために踏み固めたられ、実際の雪像製作用の雪は全て他所から運び込む。Oさんは例年のように仕事の合間を見て2日間で6メートルほど積み上げてくれた。この後、足場を組んで型枠に添って人力で踏み固めながら垂直に積み上げ更に雪を運び込む予定だ。

 町内が雪像製作に参加するようになって連続15回目。製作参加者もそれだけ歳を加えてしまった。次第に高齢化?し人力作業はかなりしんどい。メンバーの中には何人か転出者もいて製作人数はジリ貧気味、若者が加わってくれるといいのだがそれもなかなか適わない。始まってしまえば次第に燃えてくるのだが・・・最近はそこまでに至るのが以前に比べ時間がかかってきたdown。しかし、始まったからには3週間後に向け今年もがんばって行くしかないdash

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2010年1月16日 (土)

ミナレた

 13日から続いた今回の寒波がようやく峠を越えた。今日の日中は小粒の雪は降り続くものの、雲の切れ間からはおぼろな太陽が顔をのぞかせた。寒波が去って大雪が峠を越える、こんな情況を地元の方言で「ミナレた」と言う。「雪がミナレたら○○する・・・」と言うような言い回しだ。「雪がミナレたから買い物に行く」とか「ミナレてから雪下ろししよう」とか。 『ミナレる』・・・変換キーを叩けば「見慣れる」が真っ先に出てくる。実際、降り止む頃には大雪の光景を見慣れる。だがそんな意味ではないように思える。いろいろ考えるに大雪に『身が慣れる』では無いかというような気がしてきた。雨が降り止んでも「ミナレた」とは言わず雪に限ってこう言う表現を使う。だが実際はどうなんだろう? 誰かご存知の方がいたらコメントでも頂けたら有り難い。

 さて、このたびの寒波。豪雪地としてつとに有名な?あの津南町、今朝6時の積雪は324cm、我が町もそれに続く307cmとなったことが全国ニュースで報じられた。雪の降らない地域の皆さんにとって積雪と降雪の区別が出来ないと思うが、今現在積もっている雪の量が積雪・ある時点からある時点まで降った雪を降雪量という。ちなみに今回の寒波で1月13日の午前9時から24時間降った雪は、近所にある十日町森林総合研究所のデータでちょうど100cm、14日から15日の24時間では73cm。つまり今回の寒波で降った雪は48時間で173cmである。ちなみに今シーズンの降雪累計は600cmだからその3分の1近くがこの2日間に降った事になる。雪は新たに積もると下の雪は上に積もった雪の重みでどんどん圧縮されるので、実際に増える量は気温や日照により嵩が減るから積雪(実際積もっている量)は少なくなると言うことである(^^ゞ。実際多いときで一冬で21mを記録したこともあるがそんな年でも最高積雪深は4m強であった。でも圧縮されているからその重さたるや・・・(>_<)。しかし雪に慣れっこの市民には今回この程度の積雪は未だ平静である。電車もクルマもある程度は普通に動くし、学校も休校にならない。しかし、新聞が早朝に届かなかったり青果の入荷が少なくなったり・・・つまり雪に慣れていない他所の影響を受けてしまうのだ。だが流石に3mを超えると屋根雪を下ろさなければならないのでいささか慌しい。

Dsc01537   そんな情況の今日、昔で言えば小正月。だが成人の日はハッピーマンデーとなり昔のように小正月といっても休むことも無くなった。だが、今回のこの大雪で商売はあがったり(~_~) どの家でも屋根の雪下ろしで大童だから、繁盛するのは酒屋・飲み屋・鯛焼きや大判焼きなど暖かいお菓子を売る店くらい。だから今日は仕事は休みにして我が家も雪始末。午前は義母の家に行き、道路から玄関までの30~40mほどの道をつけた。胸に近いところまでの雪を掻き分けて屋根に上るのはガタが出始めた身にはかなり辛いものもあるが屋根に上がって雪屁を落とし1階の窓周りを堀り出した。息が上がって屋根にへたり込み雪に寝転ぶと雲の切れ間の青空がまぶしい。降り続いているときの雪下ろしは悲惨?な気もするが、ミナレた情況ではスポーツ感覚?昔に比べ融雪や消雪設備が整った今、久し振り汗をかくのが実に気持ちいい(*^_^*) 高いところから見る雪景色は格別である。当地では雪下ろしと言わず雪掘りというが実際雪を下ろすというより、埋まった家を雪から掘り出すからこう言う表現なんだろう。久し振りの大雪で、ここ何年かこんな窓周りの雪を掘り上げる作業をすることが無かったのでかなりしんどかった(>_<) 午後からも我が家の家の2階まで埋まってしまった窓を掘り起こしたり・・・一日雪三昧。大汗をかいた肉体労働のあとのビールはまた格別である。 明日もまだ残っているところでもう1日雪と戯れられるぅ~。(^^ゞ 

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2010年1月15日 (金)

大雪警報

Dsc01529  大雪警報は地域によりそれぞれ発令基準に違いがある。滅多に雪が降ることの無い東京などでは、わずかに白くなる程度の雪でも大きな影響が出るから数センチでさえ警報となる。新潟県でも下越地方の海岸線、(全国の天気予報で言う新潟市と中心とした予報)などは20~30センチの予想で警報となる。ところが県南部で群馬や長野に近いわが町では一晩に4~50センチ程度では全く動じない(^^ゞ・・・だから滅多に警報が出ることは無く、大抵は注意報どまり。しかし、この度の降雪は流石に雪に慣れているとはいえ凄まじいものがあった。一人暮らしの義母が心配で仕事帰りに行ってみた。途中で夕飯の買い物をするためスーパーに寄ると・・・ 駐車場で若者がクルマを掘っている。多分夕べから止めっ放しだったんだろう。小さいスノーブラシ1つで雪を除けているが一向に捗らない。ルーフの雪を落としたところで、地面には更に1mの積雪(>_<) そう簡単に脱出は無理でしょう。相方の買い物が済む間15分ほどボーっと見ていたが、この分だと何時間かかるのだろう (~_~) 「豪雪地のクルマにスコップは必需品だよ~、兄ちゃんスコップねぇのか?」 と冷めた視線でずっと眺めていた(*^_^*) でもやっぱり可哀想、スコッップを貸そうか・・・そうこうする内、相方の買い物が済んだのでそのまま走り去ったのである。あれからどれくらいかかって車を出したんだろう、今頃になって少し気にかかっている。

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2009年12月17日 (木)

雪の十日町 オリコン1位

 数日前に書いた竹川美子(たけがわ みこ)さん歌うあの演歌「雪の十日町」が、本日はオリコン演歌歌謡部門ランキングで堂々の1位となりました。good それも氷川きよし・水森かおり・坂本冬美などなど並み居るベテランを抑え堂々のトップ(@_@)です。地元で最大発行部数を誇る十日町新聞のコラムでもやはり違和感というようなことが書いてありましたが、その後も地元では大して話題になることありません。それなのにこの人気!やはり雪の十日町はブランドというか全国区。寒いこの時期、きっと憧れの地なんでしょうかねぇ。越後紬も八海おろしも細かいことはどうでもいいことなんでしょう (*^_^*)

 本人のブログに寄ると、ただ今全国をキャンペーン中。今頃は九州でのキャンペーンとか。そこにアップされた画像は・・・着物姿の竹川さんと「雪の十日町」のロゴが入ったポスター。 これは正に十日町の観光親善大使というべきでしょう。こんなチャンスを何のアクションも起こさず只傍観を決め込むだけ情けないというしかない!! 行政・観光協会・着物業界はこんな情況をどう考えているのだろうか? 

 不振の着物業界としては歌手と共に、歌と十日町の着物をPR する千載一隅のチャンスと捉えキャンペーンに同行し一緒に宣伝するくらいの気概が欲しいですねぇ。 できれば「雪の十日町」を歌うときは何時も十日町の着物で・・・着物については全く素人だから今着ている着物も十日町産だったらそれはPR不足でしょう、斬新な着物をドドンと何着でも提供し、それを着てこのまま1位を突っ走ってくれたら良いと思うのは演歌フアンの俺だけ?? (^^ゞ  

 来年の十日町雪まつりには来てくれるようなスケジュールになっているけど、あの雪上ステージで歌うのかな? まさか民放が仕切る舞台で「既に出演者が決まっているから駄目」なんてことはないことを祈ります。ここは舞台製作の主体の地元がなんとしてもあそこでkaraoke歌えるようにするべきと思いますがいかがなモンでしょう・・・

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