2009年3月20日 (金)

ツール・ド・妻有 2009

今年は“第4回大地の芸術祭”が開催される年だ、今までとは違った体制で開かれる初めての芸術祭となる。公式ホームページによれば新しい企画が続々と発表になっている。その中のイベント欄には「ツール・ド・妻有 2009」も既に告知されている。

 内容的には昨年の大会とさほど変わるところはないのだが、芸術祭本番中に開く大会なので、昨年に比べかなり大規模な大会を想定している。例えば参加者の人数、そしてその参加者には何か特別な記念品を・・・? むしろ旗・おにぎりプロジェクトとの合体計画などなど。 だが準備はまだ始まってもいない。

 例年になく雪消えは早かったのだが、山間部には雪が残っている。まだ寒くてbicycle走ってみる気さえ起きない ^_^; とりあえずは告知、それに加え協賛後援の獲得・・・でも尻に火が点かない(~_~;) 昔から試験の時でも一夜漬け・・・切羽詰らないと駄目な性分は相変わらずだ。

 そんな自分を叱咤しようと、公式サイトに先駆け 《ツール・ド・妻有2009》 の非公式ブログを立ち上げた。カウントダウン時計をつけたのでsoon開催まであと何日が一目瞭然、でもこんなことでやる気に火が点くかな~??down  

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2008年7月21日 (月)

ツールド妻有:直後レポート①

 終わった後も資材の整理やら借り物を掃除して返したり何かと慌しい。看板やゴミの後始末や点検。夜になってようやく当日の全容をを知ることが出来た。

 当日出走111名 完走101名 内ショートコース走行18名を含め完走率90.9%という。熱中症も予想されるかなり厳しい気温の中でこの数字はまずまずだろう。

 あらかじめ配ったデータでは総標高差を1660mと発表していたのだが、これはプロフィールマップから拾った数値なので細かいアップダウンが判らなかった。多分?と予想していたが、やはり総上昇標高は2000mを超えていた。その数値は参加者の1人がつけていたGPSデータによると実に2046m(@_@)という。

 2046mって・・・あの乗鞍やスバルラインのヒルクライムでさえ1200mほどだから。上り下りを繰り返しながらとはいえ、炎天下でその倍ほどの高度差を上がる訳だから凄いコースを設定してしまったもんだ(^_^;) しかし、この妻有で100キロのコースを設定すると、こういった標高差にならざるを得ないのだ。

 この2046mを例えばスバルラインヒルクライムに当てはめた場合、ゴールの5合目を遥かに超え8合目近くの標高3100mまでも登る事に匹敵する。そんなコースにムキムキのマッチョから中学生、若いそれもイベント参加が始めての女性、60代半ばのシニアまで様々なエントリー。そして90%超のみんなが汗と乳酸を発生しつつ走りきったのだ\(◎o◎)/怖いもの知らずというより凄いとしか言いようがない。先週の試走結果を見ると自分のタイムが情けない(*_*;。でも無理なコースというわけではない。時間を掛ければ何とか完走できるようにしたつもりであった。事実、スタート直後から殆どマイペースで終始最後尾を走り、最初の坂から自転車を押して歩いていた単独参加の若い女性は、失礼ながら後から観て、「これは絶対完走は無理だろう」なんて思い込んでいた。ところが68Km地点のエード閉鎖にギリギリ間に合い、ショートカットするかと思いきや、そのままロングに突入。押したり漕いだりしながらも、とうとう制限時間いっぱいでゴールし大拍手を受けていた。正に脱帽物である。

 ミスコースで数10㌔も多く走ってしまった人、給水で補給しなかったためハンガーノックでタイムを落とした人、100㌔と聞いて参加したのだがその過酷さにリタイヤしてしまった人など様々なドラマがあった。みんな来年こそとリベンジを誓っているだろう、だから来年も・・・やらなきゃ 

 ツールド妻有のホームページには終わった直後からのアクセスが急増している。参加したみんなが結果のレポートを知りたがっている。レースでは無いからタイムが発表されるわけではないのだが、やはり自分の出た大会だから気になるのだろう。早速更新をするようお願いしておいた。肖像権など問題もあるのだが写真も近いうちにアップされると思うので「乞うご期待!」である。参加者には何らかの方法でアンケートを頂き、自信の反省点も加え来年の糧にしよう。地方紙ではあるが新潟日報にも記事が載るようだ。

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2008年7月20日 (日)

ツールド妻有:終了

 目が回るような暑さと忙しさの中で「ツールド妻有2008」は終わった。持ち場の仕事に追われ写真は1枚も撮れず、勢いよく走る姿は殆どと言っていいほど見る事がなかった。最後尾にストレスを与えないよう常に見え隠れするくらいの距離を置きながら追っかけるので、走る姿を見るのは辛うじて後尾のみ(T_T) 

 終わってみればスタッフにはそれぞれの、参加者にも120通りのストーリーがあったことだろう。準備不足とスタッフ不足で満足のいく運営では決して無かった。反省点や問題点山積のツールド妻有のような気がしている。しかし、ゴール後に少ないながらも伺った大方の参加者からは、好意的な話を聞くことが出来てやりがいを感じているところだ。これが運営の楽しさだろう。

 実はお昼頃、とある場所で交通トラブルがあり一時はどうなることかと心配もしたが、何とか終わらせることが出来て正直ホッとしている。小雨が降る中、資材の後片付けが終わる頃にふれあい祭りの会場ではツールド妻有の終了を祝うようなタイミングで花火が上がり感慨深いものがあった。

 疲れ果てて家に帰ったが、終わってオールOKでは進歩は無い。我が家は夫婦と息子がスタッフとしてそれぞれの持ち場でかかわっていたので、風呂から上がると早速キンキンに冷えたビールを飲みながら家族で反省慰労会。何はともあれ終わったことで干からびた体にbeer浸み込みようで旨いhappy01!それぞれの持ち場のいろいろ為になる話を聞くことが出来た。

 ここでの会話を無駄にはしない。来年はもっと良い大会にしよう・・・もう来年も開催する気になってしまっている(*^_^*)

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2008年6月29日 (日)

生憎の雨の中で・・・

 今朝はようやく修理が終わったヒガンバナ花壇の植え替えがあった。その植え替えに間に合わせるため、昨日は管理委員長のS井さんとDIYの鬼?のO川さんの2人が、花壇の縁の朽ちた枕木を交換したり、沈下した部分の補修をしたりと準備を整えてくれていた。Dsc00076

   すっかり準備が出来あがった花壇には、生憎の大雨にもかかわらず、老若男女合わせて20数人が集まり、1時間ほどの作業で見違えるようにきれいになった。震災まで近くにあった施設が取り壊されたため、花壇に水を遣ることが出来なくなったので、今は雨水だけが頼りだ。そのため今年は乾燥防止のため、苗の周りをバーク堆肥で一面覆ってみた。どの程度効果があるか判らないが雑草防止の効果も期待できる。

Dsc00082   

 下段はベゴニア、上の段はメランポジウムで彩られた花壇の苗が根付く頃には梅雨も明け、大地の祭りが始まる、夏本番は近い。これから雪が降るまできれいに咲いてくれるだろう。予定していた木部の塗装は雨で出来なくなったため、日をあらためて実施することになってしまった。

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2008年6月25日 (水)

花は作品の一部?・・・に思うこと

 「ヒガンバナ復活」の記事にトラックバックがあった。花は作品の一部か・・・に思うこと。

 美術館という名の箱に収められた作品は、その箱が変わっても作品そのものの持つ意味はそう大きく変わることは無い。だが大地の芸術祭の作品の多くは、この妻有の里山という環境の中にあってこそ作品は主張し、そこにあることによって意味があると考える。例えばカバコフの「棚田」然り、菊池歩の「こころの花」然り。この2つの例はもともとそこにあった環境に合わせ作られたもの。そこが耕作放棄地であったり、伐採された場所であったとしたら多分そこには無かったと思うし、もしそういった場所に創るという制約があったとしたら、その構想すら全く変わり作品自体が別のものになっていただろう。その環境にあってこその構想、それが前述の2つの例では自然のブナ林や棚田であると考える。

 次にヒガンバナについて・・・「花は作品の一部だろうか?」であるが、同じような例として、松代地区の土屋公雄「創作の庭」がある。交差点の脇に作られたポケットパークに棚田を模したと思われる「石積みの花壇」という作品である、これも花が作品の一部であるかそれとも作品は石垣だけなのか・・・他にもこんな例はある。こういった作品は、周囲の花や植え込みは作品と一体であり切り離して考えることは出来ないのではないか。花が無くなったとしたら程度の差こそあれ作品の意味は変化する。

 ヒガンバナという作品を計画(創造)するにあたり、作家が描いた構想図には「金属の花」の廻りは芝のマウンドにしようかそれとも花壇にしようかいろいろな案があり、そのスケッチを見せてもらったことがあった。しかし、それは決して「ステンレスの花」だけが佇立している作品ではなかった。金属の花と生きた緑が一体となって1つの作品となっていたのである。「創作の庭」も花壇の花がなくコンクリートやタイルとなっていたであろうか、いや作家は多分花や緑と一体の構想を考えていただろう。もしその花が人手や予算の関係で無くなったとしたら作家の考えていたものとは違うものになってしまう。花のない雑草だらけの「創作の庭」になったとしたら「これって耕作放棄田を意味してるのか・・・」なんて皮肉が聞こえてきそうだ。 

であるがゆえ、住民であれ他所からのボランティアであれ、みんなが棚田を維持したり花を植えたりして作品の持つ意味を継続しようと努力しているのである。意味や主張を失った作品は、里山に残された単なる粗大ゴミになってしまうだろう。

Dsc00071

 

 まだ花が無いヒガンバナ

ヒガンバナは直ったが、雑草に覆われ花壇の縁の枕木は崩れかけている。さあ植え替えだ。

   

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 満開の花に囲まれたヒガンバナ

 やっぱり花があってこそ作品も引き立つと思うのだが、果たしてどっちが作品としての主張を感じさせてくれるだろうか??、花は無くても作家が作った作品があるからこれでも作品??考え出したらキリが無く判らなくなってくる・・・街中の単なる小公園として維持していくだけなら他の資金の出所もあるだろう、しかし芸術祭が継続されていく限りこれは芸術祭の作品であり、花壇の花は作品の一部であり一体であると思っている。

 下条地区に伊藤嘉朗「小さな家-聞き忘れのないように」という作品がある。川岸の小山に掘られた穴の中から対岸のネムの木を眺めるという作品であった。だがそのネムの木は中越地震以後枯れてしまい今はない。以来その対岸は雑草に覆われ見るべき対象物がなくなってしまった。今その穴の中に入った人はその構想を聞かなければ「なにこれ??」という反応がほとんどである。「意味を聞いてああそうか」ではだめだ。失ったものは復活させないと作品そのものが持つ意味を失ってしまう。作家自身からは「作品は風景と一体となり同化した、これはこれでいい」というようなことを聞いた、彼自身ネムの木は無くてもいいと考えているようだが、アートに関してはズブの素人にとってやはりあるべきものが無いと意味が理解できない。「○○だったんだよ」ではいけない、対岸に何かシンボル的な木が欲しいと思う人は私一人ではないだろう。

 日中の草いきれがまだ少し残る夏の夕方、穴の中から夕日に映える対岸の淡いピンクのネムの花をもう一度見たいものだ。「カナカナカナカナ・・・・」 気のせいかヒグラシの鳴き声が聞こえるような気がした(*^_^*)

大地の芸術祭においては、木も花も・・・妻有の環境そのものが作品の一部だと考えるのは飛躍しすぎだろうか? 芸術についてド素人がずいぶん偉そうなことを書いてしまった・・・"^_^"

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2008年6月20日 (金)

ヒガンバナ復活

 2000年の大地の芸術祭で町内に設置された恒久作品「ヒガンバナ」が今年の春の雪解け時に破損しているのが見付かった。その後早速復旧の手続きをしていたのだが、お役所仕事のせいであろうか、なかなか手付かずで放置されたままになっていた。

 予算の関係もあったらしいが、作品自体も特殊な方法で作られていたため、ここらあたりの業者ではそのサイズに合う材料が見付からず、ステンレスのパイプを旋盤で削りだして試行錯誤しながらようやく今日完成し設置された。

Dsc00032_2  作品復活にあわせ来週の日曜日に町内のみんなに呼びかけて、花壇の植え替えと作品後方に見えるガゼボの塗装をすることになった。とはいえどこの作品も第4回の芸術祭からは予算が大幅に減額し、古い作品の維持管理が次第に困難になってきている。当初は花壇の維持費が年間8万円程度 あったものだ。これを1回に300株近い花苗と肥料代として年2回の植え替えが出来たが、今年からは減額され5万円になってしまった。これではこれまでどおり春秋2回の植え替えが困難になってしまった。花壇はヒガンバナと一体であり、この金額はヒガンバナを作品として維持するための作品制作費のようなものであって労力の代償ではない。そうした労力はすべて住民の奉仕によって賄っているのだ。費用不足で今年の秋は花の植え替えが出来そうにない。おまけに花壇の縁取りの枕木も腐食し崩れかけている。こうした改修にも費用がかかる。労力はみんなの奉仕で何とかしてきたしこれからもそうしていくつもりだが、自前で作品製作費用まで出すことなんて到底出来ない。

 初回から既に8年の歳月が過ぎ、どこの作品もこれからは維持管理の費用がドンドン増してくる。いつまで維持できるのか・・・これからはいかに少ない費用で維持していけるか、住民パワーとアイディアの本領が問われる。町内のお荷物といわれないような支援対策が必要だ。

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2008年6月 8日 (日)

ツールド妻有2008試走

 まだ公表の段階ではないが、今日はいくつかの案の中の1つを試走して見た。エードステーションの候補地を確認したり、立看板の設置場所を確認したり、トイレの位置を把握したり、もちろん自転車・・・ではなくクルマだった。
 距離はおよそ105キロほどだったが、軟弱サイクリストとしてはクルマを運転しながら「ここをチャリで走るのは大変だろうな~sad」と他人事のように感じてしまった。

 しかし、公表するまでには何度か実際に自転車で走らなくてはならないと思うと、もっとラクチンなコースの方がいいのではないかと思ったり、ガチンコのサイクリストさんには今の案では物足りないのかと思ったり・・・ 今後はこうした案を元に伊藤さんと相談して実走、その後最終決定することになるのだろう。

 今日のコースは、最初の17キロほどは田んぼの中を走る足慣らしの平坦路。そこから最初の山を登ってひとつ目のエードステーション(AS)それからは沢筋を上ったり下ったり。約45キロで昼食のAS。ここから20キロはいわゆる里山の山路。とにかくひたすら上ったり下ったりsweat01、1つ1つの登りは大して長くは無いが、これでもかこれでもかと・・・ボディブローのようにジワッと足にくるだろうbearing、太ももに乳酸は充満coldsweats02・・・これはあくまで多分自分はこうだろうという軟弱サイクリストとしての想像だが・・・

 65キロ地点を過ぎた後の10キロは一息つけるlovely休憩区間。残り25キロ地点から峠2つを越える最後の難関が始まる。標高こそピークで600メートルそこそこだがこのコースの最高地点、乳酸は充満、ボディブローを喰った体にはキツイだろうと想像しながらクルマを転がした。90キロに近い最後のAS以降は細い山道のヘヤピンカーブ連続の標高差300メートル を一気に下ればゴールも近い、七曲がりは最徐行が必要な区間だ。下りきると残りの6キロはほぼ平坦。ゴールのミオンが見えて来たら実走した時の感動が想像できたwobbly

 参加者の構成を見ても中学生位から60歳台までの男女様々だからコース設定も的が絞りきれない。物足りないことがない様、さりとてキツくてリタイアする人が出ないよう、ここらあたりがが思案の為所だ。20日のコース発表をお楽しみに。

 累計標高差はこれから精査してみないと解らないが、実際の累計標高差以上にジワジワと足に来そうな感じがしたというのが実感だ。 これはあくまで軟弱サイクリストの感想だから、それほど参考にはならないという事を断っておく。あまり熱くならず、里山や棚田の風景を楽しみながら走るのがこの大会の趣旨だから、そのあたりがツールド妻有を楽しむポイントだと思う。余裕があれば沿道のアート作品も見てもらいたいのだが・・・。今日は天候にも恵まれたので新緑の里山を楽しむことが出来た。雨男雨女を自称する参加者がいたら今から精進を積み重ね当日も今日のような天気にして欲しいものだ。

 ゴールのあとには風呂とお祭りが待っている。祭りは午後から始まり夜遅くまでやっているというからこっちも楽しみだ。世間では翌日は祝日で休みだと言うが・・・ オイラは仕事なのだshock

 
 

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2008年5月23日 (金)

ツールド妻有フライヤー配布

ツールド妻有の募集開始からおよそ1ヶ月が過ぎた。参加者は順調に集まり、昨日現在募集定員まであと30名余となり、まもなく定員に達する勢いだ。これまでやってきた「ツールド妻有」というイベントがようやく知れ渡り、定着してきた証だろう。参加者の期待に応えるべく昨夜は企画発案者の伊藤嘉朗さんを交えて打合せ。美しい里山とはいうが、どこを向いても山また山ばかり・・・ 大して高い山は無いのだが100メートル、200メートルの標高差もいくつか越せば延べ1000メートルなんて軽く超えてしまう !(^^)! 棚田と点在するアートを巡るかなりハード??なイベントになるだろう。

File00011 ネット上での情報発信が早くて広範囲だから今更ではあるが、伊藤さんデザインの素敵なチラシが出来上がった。松代の星峠の棚田風景をバックにしたシックなフライヤーである、さすが芸術家!(*^_^*) 早速佐渡ロングライドはじめ各地のイベントやショップで配布している。

 参加証も伊藤さんによる「ツールド妻有」オリジナルの素敵な物を用意してくれるらしい、乞うご期待というところだ (^_-)-☆ 今年はたった1回だけの開催となるが里山を舞台に100人もが走る風景は壮観だろう。十日町市では今年の夏も8月の1ヶ月間、「2008夏 越後妻有 大地の祭り」が開催されるという。残念ながらこの期間からは外れるが「ツールド妻有2008」がその皮切りとして、一足先にPRに一役買えるといいのだが・・・そして更に来年の本番に向け成功するよう気を引き締めたい。

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2008年4月28日 (月)

ツールド妻有2008 参加者募集

 大地の芸術祭から始まった「 ツールド妻有」が今年も7月20日に開催される。「Tour de tsumari 2008」と銘打ったこのイベントは、当初、新潟県十日町市で3年に一度行われる越後妻有アートトリエンナーレの参加作品として企画され「美しい里山の風景とアートや建築を楽しみながら走る」というイベント作品であった。今回は作品としてでなく純粋に里山を巡るサイクルツーリングイベントとして、仕掛け人のアーティスト伊藤嘉朗さんとそれをきっかけに集まった地元の若者自転車愛好グループが企画運営に加わったのが特徴である。

■米どころ越後妻有の里山を体感する最良の方法。美しい棚田や清流をぬって山道を駆け抜けよう。
■太ももにたまる乳酸の感覚を共有することで生まれるコミュニケーション。
■累計標高1000mを越える走り応え十分の起伏にとんだコースが待っている。
■昼食には、魚沼産コシヒカリのおにぎり+ゴール後には天然温泉入浴付き
■「Tour de tsumari 2008」スタート・ゴール会場では当日地域の祭りも開催中
■サイクリングして、温泉入って、生ビールを飲みながら、地元のお祭りに参加しよう   (同サイトから抜粋)

4月20日募集開始以来、既に参加希望者も集まり始めている。今回の募集は先着100名限定だから申し込みはお早めに!。
厳しい(>_<) 暑い(*_*; アップダウンの繰り返し・・苦しい(T_T) ・・・だけどそこがいい "^_^"  自虐的自転車乗り集まれ!。コースについては現在設定を進めているが全コース100kmのうち、まだ残雪の影響で進んでいない部分も多いという。開催時は夏真っ盛り、暑い中、必死にペダルを踏んでこのきびしいコースにチャレンジしてみるのはどうだろう。だが、ただ厳しいだけではない。過去この大会ではコースの途中で採れたて新鮮な冷えたトマトやキュウリ・スイカの補給などあったり、女性参加者や小径車での参加もあり、かなりアットホームな雰囲気だった。そして今年はそれに加えコシヒカリおにぎりと温泉入浴付き。詳しいことはTour de tsumari 2008のサイトから・・・
来年以降の開催スタイルは未定だが、仕掛け人の伊藤さんはレース形式の開催を諦めてはいないので来年以降は本格レース「Tour de tsumari 2009」として開催の可能性もありなのだ。

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2008年4月23日 (水)

野外アート作品の寿命

 妻有の里にも春爛漫の季節がやってきた。そこかしこで雪の下から”大地の芸術祭”の作品が顔を出している。地域が2000年開催の第1回トリエンナーレ作品”ヒガンバナ”の管理を任されてから8年が過ぎ、作品に付属する花壇の花の植え替えや作品自体の雪対策(設置と格納)をずっと続けてきた。これまでにも花壇の縁どりが傾いたりしたこともあったが、自力で何とか凌いできた。しかしこの春は大変なことになってしまった。ヒガンバナの支柱自体が雪の重みで折れてしまい、春になっても花弁を展開することができなくなってしまったのだ。

08higanbana   今年が特別に豪雪だった訳ではない、例年どおり花弁を地下に格納し鉄板で蓋をして地上には70センチほどのステンレスの花茎が垂直に立っているだけ。太さも50ミリ、パイプ自体の厚みも3ミリ近い。これが折れて曲がってしまうなんて・・・折れたところがつぶれて径が変わってしまい、下から花弁をスライドして地上に引き出すことが出来ない。修理するにはパイプの太さを修正し、新たに溶接で繋ぐしかないだろう。

  「ヒガンバナ」を創るとき、作家とは幾度となく相談が持たれた。その折住民からは「小さい作品だから冬は外して屋内に保管したら・・・」という提案もあった。しかし作家は「ヒガンバナは冬に枯れて地下で眠り、春とともに目覚め再び地上に展開する。この一連の動きを住民が手助けする行為が作品となる。煩わしい手間やそのための仕掛けを作るコストはそのコンセプトのためあえてこのままやりたい」と言われ納得したものだった。そしてそれが出来たとき、これなら雪に耐えるだろうという確信があった。

 それなのに・・・ 除雪の重機が乗ったり押したりした訳でもない。ただ積もった雪が載っていただけなのに。分厚い金属パイプを曲げてしまう力は想像を超えた凄まじいものだ。さて作品の修復はどうなる、地域住民に出来ることは労力提供しかない、お金なんて無いのだ。

 この芸術祭は当初から豪雪地帯の里山で開かれる現代アート展ということで注目を浴びてきたが、屋外に設置されるアート作品が豪雪に耐えるか危惧する声もあった。そして3回が終わり、次からは自治体からの予算も大幅に縮小されるが引き続いて開催されることが決まっている。「出来ることは住民で」ということで、屋外に設置された作品の管理は雪対策に慣れた地域住民が行っている。我が地域の「ヒガンバナ」は金属製でしかも作品自体の規模も小さい。だがもっと大きくて素材自体が風化したり壊れ易い素材の作品はいっぱいある。永いものでは創られてすでに8年が経過している。それらはこの冬どうなった?地域住民の管理には限界がある。そう毎日除雪など出来る筈も無い。屋内で管理された絵画や彫刻と異なり野外展示作品の寿命が短いのは宿命か・・・ これが現代アートなのか・・・・ 判らん(-_-;)

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